やっと最近、ハリー・ポッターの最新版が手に入ったので、毎日目がかすむまで読んでいました。昨日読み終わって、大満足!
さて、今まで辛い話ばかりでしたので、今回はパキスタンの希望の星について。
パキスタン訪問では、いろんな施設を訪問しましたが、その中に「加藤シヅエセンター」というところにも行きました。お気づきの通り、加藤シヅエさんは日本の方です。アメリカのマーガレット・サンガーさんという家族計画を広めたひとに感銘を受け、日本でも運動を広めたパイオニア的存在の人です。炭鉱の劣悪な環境のなかで、出産せざるを得なくて、命を落としていった女性たちをどうにかして助けたい!と強い意志をもって、当局の圧力にも負けず、女性のために一生をかけた方でした(ジョイセフの会長さんもしていて、なんと104歳まで生きておられました。ご長寿!)。
そして、彼女の活動に感銘を受けたパキスタンの女性が、加藤シヅエさんの名前を冠した女性のための施設を作りたい!と言って、パキスタンにいくつか作ったのが、この「加藤シヅエセンター」なのです。
相田みつをさんが書いていました。人を動かすのは難しい理論ではなく、感動なんだな、と。まさにそんな感じの出来事ですよね。
いくつかあるセンターのうち訪れたひとつは、地震の被害が大きな地域にありました。でも、このセンターだけは、崩れずに残ったとのこと。日本政府の支援も入って建てられたものということで、かなり造りがしっかりしていたようです。ここでは、女性のための職業訓練(裁縫、手芸など)や作ったもののマーケティングなどをしています。私たちの訪問スケジュールが予想外に長引き、約束の時間を随分過ぎたのに、加藤センターで学んでいる女性たちは、ひたすら私たちを待っていてくれたのです。その心根にも感動しましたが、なんだかパァーッと目の前が開けるような感じを受けたのは、そのセンターの雰囲気がとても明るかったからでしょうか。それまで訪れた場所は、女性だけが集まっている場所でも、わりとしんと静まりかえっていたのです。でもここは、キラキラしているようでした。ザワザワしてうるさいわけではないのですが、そこにいる女性たちがとてもにこやかに作業をしていたのが印象的な空間。このセンターを運営している人たちも、とてもイキイキと仕事をしていました。
その中で、センターで裁縫を学び、今や人に教えるまでになった女性に話を聞かせてもらえました。
彼女は、裕福な家に育ち、悠々自適に暮らしていたところ、突然の地震で両親と家をなくしてしまいました。家にも戻れないし、助けてくれる両親もいない。彼女と下の弟たち二人の避難生活で、途方にくれていたそうです。そんな時に、ある人(通りすがりのおばさんだったらしいです)が加藤センターのことを教えてくれて、もしかしたら何かあるかもしれない!という希望を胸に訪れたのが最初だったとのこと。そこでは、刺繍や裁縫を教えてくれるということだったので、弟たちを勉強させてやりたい、学校を出させてあげたい、と思っていた彼女は、刺繍を学んで商品を売って、生計を立てることを決心しました。彼女はメキメキと腕をあげ、とても良いものを作るまでに成長し、ひとり立ちしていきました。今では、加藤センターに自分の作った商品を卸しにきたり、今学んでいる女性たちに教えたりしています。そして彼女だけの力で弟たちを学校に通わせているそうです。
こちらが、その彼女です。
これは彼女のつくった、(たぶん)テーブルクロス。あの辺の地域独特の刺繍が全体に施されています。
ちょっと恥ずかしがっちゃって下を向いているのでよく分かりませんが、ものすごく目に力がありました、彼女。ちょうど少女漫画に出てくるような目の中に星がキラキラしている感じです。彼女の目を見て、ああ、こういう人たちが国を背負っていくんだな、と実感しました。国を「率いて」いく人たちはごく一部かもしれません。でも国を背負うのは、市井に生きる人々であり、身近な人たちのために一生懸命働いている人たちだと思います。
生きることを大切にし、愛する家族を想う、たくさんの彼女たちが、隣の人に生きる力の種をまき、そしてその人がまた自分の隣の人に種をまく。そういう小さな変化の連鎖が、前に進む原動力になるのでは、と思います。
パキスタン国旗の、三日月は進歩、星は光と知識を示すそうです。パキスタンの月と星が、人々に幸せをもたらしますように。
パキスタンの女性についてのお話は、ひとまずこれでおしまいです。
次のお話をお楽しみに!